堀江芳介壬午軍乱日記

mizunowa2018-04-23

堀江芳介壬午軍乱日記
四六判 糸篝 角背上製本 本文80頁(スミ1°)+別丁8頁(4°)
編者 西村榮雄
印刷 (株)山田写真製版所
製本 (株)渋谷文泉閣
装幀 林哲夫
プリンティングディレクション 黒田典孝((株)山田写真製版所)
発行 みずのわ出版
発行日 2018年5月1日
定価 本体4,000円+税
ISBN978-4-86426-035-0 C3031


まえがき、より
 二〇年くらい前のことである。祖父の遺品を整理していたところ、一冊の古ぼけた手帳が出てきた。縦六・五センチ、横一〇センチの小さな手帳であるが、開いてみると細かいペン字で埋めつくされていた。一字一字拾って読んでいくと、どうやら日記らしいことがわかった。
 八月二日から九月二〇日まで、毎日書かれているが年代がわからない。とりあえず、原稿用紙に一字一字書き写していくうちに、これは、明治一五年(一八八二)に朝鮮で起きた壬午軍乱に関するものであることがわかってきた。
 防衛省防衛研究所図書館で調査した結果、「陸軍省日誌明治一五年第二三号○八月一日○御沙汰書」に
  陸軍少将高島鞆之助御用有之朝鮮國へ被差遣候ニ付
  随行被 仰付  陸軍歩兵大佐 堀江芳介
 とある。祖父堀江芳介(ほりえほうすけ 一八四三―一九〇二)は、当時、参謀本部管東局長の職にあった。
 命を受けた祖父は、八月二日新橋駅から汽車で横浜に行き、玄海丸に乗船し、神戸、下関に寄港した後、八月一二日朝鮮西岸の月尾島に上陸した。現地では、高島少将の下で花房公使の護衛に当たっていたが、八月三〇日に済物浦条約が結ばれて事件は解決し、九月二〇日に任務を終えて帰国した。この日記は、その間の行動を記録したものであった。(以下略)


編者
西村榮雄(にしむら・よしお)
昭和五年(一九三〇)東京に生まれる。郵政省勤務後、福祉事業に従事。老人ホーム施設長を経て現在社会福祉法人監事。女性の日記から学ぶ会会員。著作に「学徒勤労動員日記―1945年」(朝日新聞出版サービス)、「時代を駆ける 吉田得子日記1907-1945」(島利栄子共同編集責任、みずのわ出版)。


用紙・刷度数
カバー ハンマートーンGA ホワイト 四六判Y目130kg 黒箔押+スミ1°
表紙 ハンマートーンGA ホワイト 四六判Y目100kg スミ1°
見返し NTラシャ べんがら 四六判Y目 130kg
別丁8頁(扉兼用) MTA-FS 四六判Y目 90kg 4°
本文 淡クリーム琥珀N 四六判Y目 72.5kg スミ1°
ヘドバン H9
スピン S5