
「本とみかんと子育てと」(2020年刊)の続きを出すべく、支度にかかっている。以下、今週の神戸帰省日録より。
6月21日(日)夏至 旧5月7日 未明雨、晴時々曇
降水量1.0mm/日平均気温24.4°C/最高気温28.3°C/最低気温20.8°C/日照時間4.7h
明日明後日留守の間は曇、帰宅後雨続き予報。生理落果が早く終るであろうスダイダイだけでも粗摘果を済ませておきたいと考えたが、着果が多いだけ、たかが半日で片付く筈がない。未明から早朝にかけての強風で外枝の水滴は落ちているだろうけど、樹冠内部は乾ききっていないとも思える。農薬撒布したばかり、最低一週間は触らずにおきたい。出歩き中持ち歩き作業する資料の整理を優先する。
帰宅後の農協向け提出物の記入を先に済ませておく。地区生産組合の総会が三日の午後だが、総会に出席するヒマがあるくらいなら原稿に向う時間を確保したい。書面議決書の提出で済ませておく。「かんきつ生産者の営農意向調査」にも記入。調査したところで今さらどうにもならんのだが。
地区生産組合の総会資料によると、二〇二五年(令和七)産温州みかんの生産量は全国で六五万六三〇〇トン(前年比一一七パーセント)、販売量は五九万八九〇〇トン(前年比一一五パーセント)。JA周防大島統括本部管内の温州みかん出荷量は原料含め二八三七トン(前年比一四八・六パーセント)、安下庄管内では原料含め八三四トン(前年比一三六パーセント)。……大島全体で三〇〇〇トン、安下庄で一〇〇〇トンを割り込む。もう、確実に、終焉に向っている(生産量が増加したのは、表年であったこと、大玉率が異常に高かったことによる)。
昨日の肉じゃが残りでおひる。二時過ぎ出発。広島始発臨時のぞみ、空いている。五分の入り。客の半分をインバウンドが占めている。
6月22日(月)旧5月8日 曇のち雨(神戸、曇のち雨)
降水量3.0mm/日平均気温21.3°C/最高気温25.4°C/最低気温18.6°C/日照時間0.0h
神戸市立中央市民病院、九時四五分受付け、十時頃内視鏡室に入る。麻酔で眠っている間に胃カメラ、十一時頃目が覚める。内視鏡室を出てから三〇分、よう寝てましたよと看護師さんに言われる。ポリープ無し。今日は禁酒禁煙。会計済ませて十二時頃病院を出る。阪神電車で梅田まで寝て行く。ヨドバシで温水便座を買う。ネットでチェックしているのだが、現物みて店員さんに説明受けないことには不安でならぬ。昭和の人の特性なり。柳井の家電量販店(エディオン、ヤマダ)より二万から三万円安く、一割のポイント還元もつく。都市部の大手は強い。町の電器屋が潰れるわけだ。二五日午後配達予定。
阪急梅田駅の紀伊國屋で資料を漁る。古典文庫の揃いが悪い。梅田紀伊國屋といえば、かつては、人が多すぎて待合せの困難な待合せの名所。店内いつも激混みで通行に難儀したものだが、本を求める客が激減したのがわかるほどに、そこそこ混んでるなりに通行がしやすい。梅田紀伊國屋でこれだ、他店の惨状は推して知るべし。
三番街の古書肆梁山泊で岩波現代文庫「あたらしい憲法のはなし 他二篇」(高見勝利編)、「新編 愛情はふる星のごとく」(尾崎秀実著、今井清一編)を買う。岩波現代文庫は、今や「安価な単行本」に成り下がった新書と同様、品切れ即絶版が少なくない。いつ無くなるかわからんので、これというのを見つけたら御縁とばかりに買うておかねばならぬ。
夕方アメダスチェック、安下庄で降っとる。台風七号が梅雨前線を持ち上げたのだろう、予報が変って二十五日まで連日雨、二十六日のみ晴、二十七日から二日まで雨続き。一日晴れただけでは樹体は乾かない。月内に中晩柑(スダイダイ、カボス、甘夏、デコポン、レモン)の粗摘果を済ませたいのに、作業可能な日にちがない。
6月23日(火)旧5月9日 雨(神戸、曇)
降水量16.5mm/日平均気温19.3°C/最高気温20.7°C/最低気温18.5°C/日照時間0.0h
フィリピンの東にある台風七号は非常に強い勢力に発達、中心気圧九二五ヘクトパスカル、今週後半沖縄に接近の見込み。その後今月初旬の六号とほぼ同じコースを辿るとみた。台風に刺激された梅雨前線が北上。そりゃあ大雨になるワ。しばらく摘果はできん。原稿仕事を優先するってことだ。マリアナ諸島の熱帯低気圧が二四時間以内に台風八号に発達するとの予報も出た。スーパーエルニーニョ、やってくれる。
ジュンク堂三宮駅前店、棚すっかすか、客がおらん。ワンフロア下のダイソーでプラス一度の老眼鏡を買うたのが唯一の收穫。
センター街のジュンク堂三宮店。梅田紀伊國屋よりマシだが、古典文庫の揃いが悪い。岩波や筑摩や講談社の古典の文庫本って、長期にわたって確実に売れるんだがな……。とはいっても、どはどば売れるものではないし、一冊売れたら補充してまた一冊……という、このせっかちな時世に悠長な話、棚のコスパが悪いということでパージされていったんだろう。それでもそこそこ置いてるだけジュンク堂はマシなんだが。
二階エスカレータを降りてすぐ、神戸の本コーナー。去年出した「神戸元町ジャーナル」が三冊平積み、ありがたい。同コーナーで「兵庫県告発文書問題――なぜ日本を揺るがすのか」(奥山俊宏著、岩波書店)を見つけて購入。三宮店で今日唯一の收穫。
むかしは……と言い出せば大仰だが、一寸前まで、ジュンク堂三宮店の品揃えは一級品だった。ここにない専門書は三宮駅前にかつてあったジュンク堂サンパルブックセンターで確実に確保できた。図書館に無い本がこの店には並んでいた。目先の本づくりに必要な本を図書館で借りても、どうせ欲しくなるんだからと、無理してでも買うていた。「神戸・ユダヤ人難民1940-1941」(金子マーティン著)の編輯にかかっていた二〇〇三年当時のこと、未來社と大正出版のユダヤ人難民関係の本をサンパルブックセンターで買うた足で元町の海文堂に寄った。海文堂には常備してへん本であった。「柳原さん、ジュンク堂で買うんやな~」と、閉店後赤松で呑みもってFおか店長がぶすぶす言うてたのが、すまんのーと思いつつも、おかしかった。
鶴見良行の手書き本「エビと魚と人間と――南スラウェシの海辺風景」(二〇一〇年)を編んだ時にも、鶴見良行著作集(みすず書房)の手許にない巻を、サンパルブックセンターで仕入れた。
ついでを言うと、葦書房の「写真万葉録・筑豊」(上野英信・趙根在監修)全一〇巻は、神保町の書誌アクセス閉店時(二〇〇七年十一月)にまとめ書いした。手仕事に徹していたこの店では、POSレジ全盛の今や死語となったであろう回転短冊が本に差してあった。補充に補充を重ね、年月をかけて一冊ずつ丁寧に売っていたことが伺えた。
要するに、「ここに行けば、有る」ということが大事なんだ。神戸三宮に二軒あった(今も二軒ある)かつてのジュンク堂には、それがあった。ジュンク堂といえば物量戦で語られがちだが、実は、単なる物量戦ではなかった、ということなんだ。
これが広島や松山のジュンク堂であれば、失礼を承知で言うが元々が大したことないから、過去との比較ができない。発祥地たる神戸三宮のジュンク堂二店舗だからこそ、ジュンク堂の変質、劣化具合がわかる。
資料探しのうえでは大した收穫はなかったが、梅田の紀伊國屋と三宮のジュンク堂で、出版と書店をとりまく状況の悪化と劣化を体感できたこと、これが昨日今日のいちばんの收穫であった。
生田筋のイスズベーカリーで土産のパンを買う。一寸買うただけで二千円に達する。ものの値段が高くなった。神戸から大島への帰り道ウォッチング、地下鉄でも新幹線でも山陽線でも、オ○ニー教えてもろたサルの如く、みなさんスマホに熱中。この国の何処へ行っても、時空が、歪んでいる。





