講演会「風の人 地の人――宮本常一という世界」

2007年8月28日「ジャーナリスト・ネット」掲載記事、より。
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講演会「風の人 地の人――宮本常一という世界」開く
柳原一徳みずのわ出版代表)

 民俗学者宮本常一(1907-1981)の生誕100年にあたっての講演会「風の人 地の人――宮本常一という世界」(主催=ジャーナリスト・ネット、みずのわ出版)が26日午後、長崎堂本店・多目的ホール大阪市中央区心斎橋筋)で開かれ、約30人が参加。佐田尾信作さん(中国新聞文化部記者)が、2002年に宮本の郷里山口県周防大島の支局に赴任して以降継続してきた取材からみえてきたもの、宮本の残した課題について、取材地の写真をまじえながら語った。
 数ある評伝や関連書の中から、佐田尾さんは『宮本常一 写真・日記集成』(毎日新聞社、2005年)をとりあげた。これは、宮本が戦後撮影した写真10万カットのうち5500カットをプリントし、さらにそこから3500カットを選び出すとともに、1万3000日分の日記を翻刻したもので、これが世に出たことにより宮本の戦後の足取りや写真の流れが明らかになりつつある。佐田尾さんは、この本の編集にあたった伊藤幸司さんに取材した際の「宮本の写真を一枚一枚取り出して意味づけしようとしてもダメだ。一本ずつのフィルムの流れ、かたまりで見ていかなければ見誤る」というコメントとともに「記憶の“島”を作る」という宮本の言葉を紹介、「宮本は、自身の記憶に焼き付けるために写真を撮った」と説明した。また、自身の著作『宮本常一という世界』(みずのわ出版、2004年)に対する宮本千晴さん(元『あるくみるきく編集長』)の評を紹介した。次に引用する。
 「あと面白いのは――中国新聞の佐田尾さんがお示しになったように――父がいろんなところを訪ねたのは仲間を訪ねていたのです。仲間であり、先生です。どうやってその土地で生きていくか、飯の食い方をベースに真剣に考えている人は、今も土地土地にいる。おやじの仕事はそれを浮かび上がらせた。そして自分の視点で意味付けした」
(2004年5月、報道陣に答えて 周防大島文化交流センター開館時)
 上記のコメントについて「宮本の旅を最も的確に表現した言葉だと思う。たとえば、新聞や出版物で取り上げるに際して、『宮本常一は○○を指導した』という言い方になりがちだ。その土地土地で自分が教えられたもの、受けた智恵を、別の土地で教えた。それが本質ではないか」と説明したうえで、「宮本が歩いた土地土地で何が残っているか。それは必ずしもモノではなく、人々の記憶の中に残っている場合も多い。宮本常一をキーワードにそれを探す仕事を続けてきた」と、自身の仕事の位置づけを語った。
 また、今後の課題として「写真の里帰り」を挙げた。宮本家からの寄贈により周防大島文化交流センターが所蔵し、現在整理を進めている宮本の10万点の写真には、撮影地点や日付の確定できないものも多い。これらを撮影された町や村に持ち寄り、その土地でしかわからない情報を得て、不明点を埋め誤りをただす。「来館者自身が宮本が残した資料に新たな情報と意味を付け加えてゆく」作業の必要性を説いた。また、それとつながる仕事として、執筆者公募による『わたしの「宮本常一著作集」ガイド』、宮本の調査ノートを翻刻した『宮本常一農漁村採訪録』、この8月に第1集を刊行した『宮本常一写真図録』シリーズなど、周防大島文化交流センターの取り組みを紹介した。
 今年は、宮本常一生誕100年ということもあって、様々の出版物が刊行され、新聞・雑誌・テレビで特集が組まれている。この動きについて佐田尾さんは「宮本といえばイコール佐野眞一さんという具合で寄稿してもらったり、これまで出た関連書の紹介を載せたり――それはそれでいいとは思うけれども、それにとどまっていたのでは芸がない。生誕100年というなかで、ステレオタイプ化された宮本のイメージが出来つつある」と苦言を呈した。また、ジャーナリズムの分野で宮本常一の仕事をどう受け止めていくか、については結論は出ないとは云いながらも、「宮本の目線をもってその土地を実際に歩く、そこに生きる人の話を聞く、そこの土地の変化を見ていく。そういう取り組みをもう一度始めなければならないのではないか」「宮本にかかわっての取材は、毎日のように新しい発見がある。既に出ていることをなぞるのではなく、色々の土地での多様な“宮本”を掘り起こすことが大切ではないか」と問題提起した。

当日、会場入口に掲示したポスターは戌画伯の作(手許に画像なし。ジャーナリスト・ネットに画像掲載。Kさんがいつの間にか撮っていた)。参加者約30人で、椅子の数ほぼぴったり。これ以上増えたらキツかった。人数の読みは難しい。
今回初めて、周防町のカステラ屋さん直営喫茶店の一室をお借りした。戌画伯→浪花をのこHさん→長崎堂Aさん、のルートで紹介して頂いた次第。どうも市民会館の類って殺風景で好かんし、缶コーヒーというのも味気ない。珈琲とカステラ付の講演会もええんではないかいな、と。何でカステラなん? と打ち上げの席で問われた。これが煎餅だったら喧しいて講演にならん。カステラは食うても音が出ーへんからええ。それに、辛党のワシが時々無性に食いたくなる逸品。さういうこってす。


炎天下ご参加頂いたみなさま、どうもありがたうございました。